「そういえば同窓会って、並盛グランドホテルの一室貸し切るんですって! すごいですよねー」

……と恭弥先輩にこぼしたところ、「ああ、あの払いがいいところか…」と呟かれた。
そうだよね、当然あの近辺全部、先輩のシマだったんだよね……! もしかしたら今もだけど!
あそこならいいんじゃない、と微笑まれて、違う意味でドキドキした。
もし先輩のお気に召さないところだったら、会自体が潰されていたかもしれない。

実際、横で話を聞いていた武の笑顔だって引き攣っていた。
「ヒバリに逆らって潰された店、山ほど知ってるからな俺」
「ああ……商店街ね…」
人事じゃなかったんだろう。武の家だって商売してるんだから。

苦笑しつつ、あれ、と思い至る。
「恭弥先輩、今回は並盛に帰らないんですか?」
「うん。今他にやることがたくさんあってね。 並盛には来月少し行くことになってる」
「そうなんですか。じゃあ今回はお留守番ですね」
おるすばん、という言葉に一瞬柳眉をぴくりと動かして、それでもそれは流してくれることにしたらしい。
まあね、と笑って、恭弥先輩はディスプレイに視線を戻した。







「そんな訳で、いい機会です。これからも入り用でしょうし、ドレスを仕立てますよ」

「わかってます、それはわかってますけど、どうしてそれに骸さんがついてくるんですか!」

廊下を歩いていたところを腕を取られて、何かと思えば幹部のひとり。
わたしはこれから綱吉に用事がある。呼ばれてもいる。変態に付き合っている暇も余裕もないのだ。
そう強く念じたのが通じたのか、「変態とは失礼な…」とぶつぶつ言いつつ離してくれた。

「勝手に人の心読まないでください! 骸さんもお仕事あるでしょう」

何しろ、昨日幹部全員のスケジュールを打ち出したのはわたしだ。記憶が新しくてよかった。
「ええ、これからまたフランスです。その前にに頼みたい事務処理が数件あったので探していたんです」
「それを最初に言ってください」
つれませんねえ、溜息と一緒に差し出された書類を受け取ると、骸さんは口端を引き上げて微笑んだ。
「では、失礼します」
瞬きと同時に消えた身体に、ああ、実体じゃなかったのかと納得した。
これを初めて見た時は何の手品かと思ったし、他のみんなが平然としているのにも疑問を抱いた。
だけど根本的に、骸さんとの出会いが「夢の中」という、そこから非現実的なのだから仕方がない。
つまりは訳のわからない、そういう人なのだろうということで落ち着いたんだったと思う。

それに今さらここで何を言っても、本人はもう飛行機の中、空の上にでもいるのだろう。
「……あれ?」
けれど、なぜわざわざドレスだなんて言いに来たのか。






「ドレスって、何を突然……」
執務室の扉を開けつつ呟くと、室内から「突然じゃないでしょ」と返事が返ってきた。
「え?」

「骸に言付けておいたんだけど……上手く伝わらなかったみたいだね。人選ミスだな」

苦笑しながら言うのは、幼馴染兼ボスの綱吉だ。
マホガニーの重い机に両肘をついてこちらを見つめる姿は、マフィアのボスとしては幼く写る。
「どういうこと?」
「だから、同窓会用の。盛装してくるようにってさ」
盛装って、パーティーとかで見かけるアレよね。
男はいいわよ、スーツ着てればいいんだから。だけどわたしは違うじゃない。
はっ、だからドレスなのね……!

「憂鬱……」
「え? どうして? 女の人ってそういうの好きなんじゃないの?」
「それは似合う人の話でしょう? わたしはドレスとか似合わないし、柄じゃないっていうか」

俯いて嘆息すれば、しばらくぽかんとして話を聞いていた綱吉が首を傾げた。

「そんな訳ないじゃないか、。君はむしろ、似合いすぎるくらいだと思うけど」

……それを本気で言っているのがわかるから、なんともいえない。
「やっぱり綱吉って、フェミニストっていうよりは女タラシよね」
「ええっ!? 突然なんなんだよ失礼な!」
「本当のことだもの。で、ドレスってどこで買うものなの?」
反論はさらっと流して話を戻すと、まだ納得していない表情の綱吉が「店だろ」と呟く。
「それは知ってるけど。向こうで買うのかこっちで買うのか…って、あ、日本ね」
こくりと頷いた綱吉に、自分で言ったことながら間抜けだなあと思った。
何しろ出発は今日の夕方だ。イタリアじゃ間に合わないだろう。

「仕事は日本に着いた当日と同窓会の前にあるだけだから、その合間にでもどうかな。半日空くんだ」
「うん、それでいいけど……付き合ってくれるの?」
「当たり前だろ。今回行くのは俺達四人だけだし、他の奴が選んだドレスなんか着せたくないし」
「………………そう」
他の奴って、獄寺君か武しかいないじゃない。
その言葉すら呑み込んでしまうほど、なんていうか、衝撃的な発言だったことをきっと本人は。

「ああ、八割理解してねえぞ」

「………」
だからリボーン君も、突然現れて人の心読まないで……!!!
「残りの二割は計算だろうがな。報われねえなあボス」
「え? ごめんなさい、何か言った?」
「いや、何でもねえ」
続けて呟かれた言葉はわたしには聞こえなかったけれど、綱吉は別だったらしい。
じろりとリボーン君を睨んで、余計なこと言わない、と肩を落とした。
何なの、一体。










「じゃあ、いってきます。留守は頼みました、恭弥さん」
「うん。並盛、しっかり見てきてね」
「先輩、ボスがいないからって無駄に喧嘩しないでくださいね」
「……僕を幾つだと思っているのかな、
だって心配なんだもん。
隣で綱吉が苦笑する気配がしたけど、こればかりはどうしようもない。
下手に部下を咬み殺されちゃ困るのよ。
「大丈夫だ、俺が残るからな。おい獄寺に山本、気ィ抜くんじゃねえぞ」
ニヤリと笑って言いながら、リボーン君がひらりと手を振った。
「まあ、楽しんで来い」




獄寺君の部下の人の運転で、空港へ向かう。
空港って言っても、プライベートなものに近いらしい。それはそれで味気ないけど、仕方がない。
ボンゴレファミリーのボスと、その幹部というか、側近。VIP中のVIPという扱いになるのだろう、が。

「ひ、飛行機まで自家用機……!?」

「普段は普通の空港も使うぜ? まあ、今回はプライベートだしな」
ハハハ、と昔と変わらない爽やかさで笑う従兄弟だが、その鈍さすらも変わっていない。
武は金額を言うよりも、うまい棒何本分だとか、並盛ラーメン何杯分だとかで金勘定するタイプだ。
「おい、呆けている暇があったらさっさと乗……申し訳ありません十代目!」
獄寺君も、本当に変わらないよね……。学習しようよ。
「さ、。お手をどうぞ」
ふわりと微笑む幼馴染も、その笑顔は変わらない。
これから同窓会なんてものに行くからだろうか、そんなことばかり浮かんでしまう。



機内は普通に広くて、だけど座席はおそらく十席くらいしかないように見える。
つまり、待遇的にはファーストクラスだ。ビジネスですら未経験のわたしには別世界。
「うっわー…」
、まだ先は長いから。はしゃぎすぎると疲れるよ」
綱吉に宥められて我に返ると、頬に熱が昇った。い、いくつだと思ってるのわたし。
「ご、ごめん。ちょっとすごすぎて」
「そう? まあ、そういえば俺も最初はびっくりしてたなあ」
あはは懐かしいなー。そうやって笑えるようになるまで、何年この立場にいたのか。
わたしがそんなこと考えてちょっとだけ沈んでるだなんて、きっと綱吉には分からないんだろうな。

ううん違う。そんな心配してることなんて、知られたくないのはわたしだ。

そこまで踏み込んでいいのか、わからない。距離感がつかめないまま、今まで来てしまった。
思わずつきそうになった溜息を抑えて、シートベルトを締める。
飛行機に乗るのも、久しぶりだ。これから並盛に、帰るんだ。


――並盛、か。もう何年帰っていないだろう。
親不孝だなんだと言われるかもしれないけど、どうしようもない。

わたしの両親は他界しているし、育ててくれたおばあちゃんもわたしの留学と同時に養護施設に入った。
帰省のしようもないし、友達と会おうにも、大学生と専門学生とはいろいろと予定が合わないのだ。
そうこうしているうちに、わたしはこっちで就職してしまったし。

……その就職先も、巡り巡って、なぜかマフィアのボスの秘書兼、情報部兼、専属パティシエだ。
表向きには企業専属パティシエという肩書になるらしい。
なんだか、ここ数ヶ月で人生波乱万丈っていう言葉を再認識した。


? どうかした? 気分が悪いなら……」
はっと我に還って、瞬きの後、心配そうな綱吉の顔で、視界がいっぱいになった。

端正ながらも甘い造りのそれが憂いを帯びると、途端に色気が倍増するのだ、この男は。
だから顔を覗き込むその仕草、やめてって言ってるのに。

だけど分かっているから、怒れない。わたしがそうされて赤面すること、綱吉がもう知っていること。
わたしが元気なく見えたから、今のそれはわざとなんだろう。綱吉の優しさは、いつだってさりげない。誰に、対しても。
だから安心すると同時に、やっぱり不安にもなってしまうけれど。
いつもやっているのか。
何となく聞いてみれば、「俺にだってプライベートゾーンってもんがあるの」とだけ返された。



それは、近くにいるって、少しくらい自惚れてもいいってことかしら?



10, Over the ocean with you.
(あなたのそばにいられる、だからわたしはこの選択を後悔したことなんてないの)