しんしん、しんしん、降り積もる。
そうして、全てを白に染める。




「……薬売りさんは、どうしてこんな辺鄙な里に?」

「特に理由は有りやせんが……何かに、呼ばれてと……言っておきましょうか」
答えた青年の意味深な言葉にも、娘はそうですかと微笑んだだけだった。
寧ろ青年の方が、大抵の人間は怪訝そうな反応をするものだが、と珍しくいささかの驚きを憶えた。
「あなたを呼んだもの、見つかるといいですね」
娘は何も無かったように、茶葉を用意して湯を注ぎ、急須をゆっくりと揺らす。
湯気がふわりと冷えた空気を撫でて、すぐに消えた。
青年はひとつ頷くことで答えて、差し出された湯飲みを傾ける。

娘の暮らす小さな小屋の外では、朝から絶えることなく雪が降り積もっていた。
ひたすらに穏やかに微笑む娘の他に、人間の気配はしない。
ここに来るまでに、天秤はああもうるさく鳴いていたのにと、内心で首を傾げる。
もしや目の前の娘が、と考えはしたものの、薬箱は沈黙を保ったままであった。
「宵も深くなって参りましたし、今宵はどうかここでお休みくださいね」
わたしはすこし用事が、と席を立った娘は、白い世界に融けるように消えた。
顔を上げずに、青年は「へい」と一言口にする。それは誰にも聞かれることなく、白い世界に埋もれた。




寒さに赤く染まった白い指が、どこからか摘んだ花を一本、一本、目の前の地面に置いていく。
気配も感じさせずに雪景色に降り立った青年は、その後ろ姿を何も言わずに眺めていた。

「父様、母様、八重、泰司……」

ぽつりぽつり、娘が花と一緒に名をおとす。

「長老様、セツさん、吉次さん……」

里に、娘以外の気配はしない。
どの家屋も荒廃こそしていない。どの家屋も、人の住んでいた気配がある。けれども、娘以外には誰もいない。

「奉公先から、この間帰ってきたばかりなのです」
娘から青年は見えないはずだが、確かに娘の言葉は青年に向けられていた。
「雪が深くなる前に、と。わたしの足より、病のそれの方が早かったようですが」
少し前、肥前の方で流行ったという流行病の話をきいたことがありますか。
聞かれて、少し考えた後に青年はええ、と答えた。
流れの商売人から漏れ聞いた話のことだと当たりをつけて、それから全てに合点がいく。

「ああ……そういう、ことですか」
「そういうことです」
ふふ、と笑った娘の、背中しか見えない。
泣けばいいのに、泣かない娘。
その訳を言及する気は青年には無かった。
「この里にはわたしだけ。けれどわたし一人いれば、弔いはできるのです」
口端をわずかに上げて、青年は背負っていた薬箱からいくつかの薬包紙を取り出した。
「――それがさん、貴女の理であるのなら、そうされるのがよろしいでしょう」
身体を暖めます、宿代に。差し出された包みを受け取るために振り向いた娘は、やはり微笑んでいた。
「ありがとうございます。……わたしはこのまま、もう少しだけここで」
ですからあなたは、と背を押され、青年は黙ったまま微笑んで、踵を返す。


「……天秤は、この色に、惹かれたのかもしれない、か」

呟きは、誰にも届かない。



深い山里の、白い無音の世界では、娘の細い声だけが色づいていた。



無音を彩る

(春になったら、またいらしてくださいね)(さあ、ね)
20080210