「煙草、吸わないんですか?」


「は?」


マフィアの男って言ったら、銜え煙草の黒スーツ、っていうイメージがあった。
ただの偏見かつ先入観だけど、わたしの中でそれは当たり前だった。ほら、獄寺さんとかまんまだし。
だからわたしの上司である六道さんから紫煙の薫りが全くしないことが、不思議で仕方なかったのだ。
後々よく考えてみれば、至極どうでもよくて、……いや本当にどうでもいいことだったんだけど。


書類仕事も一段落して、お茶でも飲みましょうか、という空気が流れた午後。
あまりに気になったものだから、ふと思い立って聞いてみた。
すると普段の彼からは思いもつかないくらいに素っ頓狂な声が返ってきたから、びっくりした。

「突然どうしたんです?」
「いえ、前から気になっていたんですが」

そう前置いてからわたしのマフィア像を説明すると、六道さんは納得したように苦笑した。
向かいのソファーに腰掛けて、長い足を組む。美形がやるとやたら決まるのはどうしてだろうか。
それから改めて、こちらをオッドアイが見つめた。
は面白いことを考えますね」
「そう、でしょうか」
ええ、と肯定して六道さんはまた笑った。「ですが」
「僕は昔からマフィアが嫌いでしたからね。の中のマフィア像に当てはまらなくて嬉しいくらいです」
「はあ……」
反応に困る発言は控えて欲しい。今まさに、あなたはマフィアじゃないですか。しかも幹部。

だけどいつからだろう、この笑顔の印象が、どこか変わった気がする。急にじゃない。緩慢なスピードで。

冷酷で色の無いそれから、あたたかいものに、どこか甘いものに。

「――煙草、ですか。別にこだわりは無いんですが……はどうなんです?」
「父が吸っていたので大丈夫は大丈夫ですけど、好きではないです」
だから仕事をするときは、出来るだけこの六道さんの執務室に来るのだ。
わたしたちの隊は主に諜報部門の担当だから、デスクワークも多い。必然的に、煙たい室内になる。
やたらヘビースモーカーが多いのだ、わたしの同僚には。
「副流煙がなんとかと言いますしね。まあ僕の場合は、邪魔だからでしょうかね」
「邪魔?」


「そうです。仕事にも差し支えますし、にも不意打ちでキス、とか出来ないでしょう?」


「…………は?」
クフフ、と正面で艶やかに笑う上司は、やたらと迫るのが好きだ。これはもう性格じゃなくて性癖だろう。
わたしは配属された当初から六道さんのことが、その、えっと、……なものだから、彼の行動は非常に心臓に悪い。
だからこそ、さらりと言われた言葉が飲み込めず、一瞬呆然としてしまった。
けれど次の瞬間には、ソファーから立ち上がってゆっくりとこちらに回り込んでくる気配に、はっと我に返る。
慌てて立ち上がろうとしたけれど、六道さんの方が早かった。コンパスの差だ。
やんわりと、だけど有無を言わせない力加減で肩を押さえられる。

「こうやって両手で押さえたり出来ないじゃないですか」

片方の手がゆっくりと持ち上がって、わたしの頬を包むように添えられた。
思っていたよりもあたたかい。もっと体温が低いかと思っていた。って、今はそんな悠長なこと考えてる場合じゃない。
「え、あの、六道さ」
やばい。顔が近、

「骸さん骸さん! 柿ピーがひどいんれすー!」


「……………」

「き、きゃあ! じじじじ城島さん!」


「…………あ……」
「……犬」
「す、すすすすすすいません骸さ……!!!」
「クフフフ、分かっています。無自覚に色々やらかしてしまう犬には然るべきお仕置きが必要ですよね」
「いいいいいいやれすー! 遠慮しますー!」
「だから言ったのに……」
呆れたように言ったのは柿本さんだ。城島さんの暴走を止めようとしてたらしいけど、ワンテンポ遅い。
でも今回はそれでよかった。
……ん? よかった、のか?
思考の波に飲み込まれる前に、城島さんの新たな叫びがそれを破る。

!! 助けて殺される!」
「ええっ……ろ、六道さん、城島さんもこうして反省なさってますし、ていうか仕事しましょう!」
わたしの後ろに隠れた城島さんにそれ以上抵抗できず、慌てて目の前に立った六道さんに声を掛ける。
少しは落ち着いたのか、城島さんで遊ぶのに飽きたのか(多分後者だ)、彼はあっさりとそうですね、と笑った。

「しかし、いい加減その六道さん、というのはやめませんか? 何年ここにいると思っているんです」
「俺も俺も! じょうしまさんなんて呼ぶのはだけだびょん!」
つまりは名前で呼びなさい、と?
何も言わないけれどそれに同意するように頷く柿本さんにも目を向けて、わたしは頭を抱えた。
だって、今更名前呼びなんて、恥ずかしいし違和感がある。

「……? ボスが呼んでる……」

「あ、凪ちゃん。ありがとう」
悩んでいるところにいいタイミングで顔を出した凪ちゃんに、安堵して笑顔を向けた。助かった。
「えっと、すみません。ボスに呼ばれてるみたいなので……」

「待ちなさいどうしてクロームは名前なんです! !」

「え……、だって凪ちゃんは凪ちゃんですし、上司だけど同い年ですし……」
何となくクロームさんとか髑髏さんとか、呼べないから。それに、入った当初からの仲良しなのだ。それこそ今更。
つらつらとそんなことを説明すると、僕もその頃から一緒じゃないですか、と返された。
わかってる、わかってるけど今更むくろさん、なんて呼んだら、危ない気がする。
何が、とは分からないけれど、抜け出せなくなりそうで。


「うっ……」
にっこりと微笑まれて、ぐっと距離を詰められる。こうされるとわたしが弱いことを知っている確信犯だ。
「呼べますね?」
「ううっ……」
実はこの問答は過去に幾度もあった。そのたびにはぐらかしてきたけれど、強硬手段に出られたらしい。

「骸さん、ついにキレたびょん」
「……骸様が2年も我慢してることが奇跡だと思うんだけど」
「でもすごい葛藤してた、みたい……。外はわからないけど、内では結構、すごかった……」
ああああ、物騒な裏付けしてる会話が! 凪ちゃん余計なカミングアウトしなくていいよ!
その棒読みが今は非常にこう、重いというか突き刺さるというか。
「……
「は、はい! 呼べます! ごめんなさい六道さ……じゃない、えっと、む、骸さん!」
「よくできました」
ふたたび綺麗に微笑まれて、思わず赤面する。が、頑張って押さえてたのに……!
「顔、赤いですよ」
「気のせいです! もう、わたしボスの所行って来ますから、お仕事きちんとなさっててくださいね!」
ばっと顔を両手で覆って踵を返そうとすると、待ちなさい、と肩を引き寄せられた。
「……え?」
「言い忘れました。というか、が名前を呼んでくれたら本当のことを言おうと決めていたんですが」
「は?」
なんのことだ、という顔をすると、煙草の話です、と返ってきた。そういえば聞いたのはわたしだった。

「煙草には依存性があるでしょう?」
「……そうです、ね」


――僕は、君以外に依存したくはないんですよ。


「……………」
他の三人に聞こえないように耳元で囁くように言われた言葉に、わたしは無言で回れ右して、早急に退室した。





アシュトレイの憂鬱

(ボスに「熱でもあるの」と心配げに言われた)(でも目が笑ってた、超直感なんてきらいだ!)
20080101