「驚いたよ。まさかがイタリアにいるなんて思わなかった」 お互いに仕事中だからということで、綱吉とは閉店後に私の家の近くにあるカフェで落ち合うことになった。 カフェの場所が分かるかどうか心配だったんだけど、至極あっさりとこの街ならどこでも大丈夫と言われてしまった。 ……あれ、でもさっき書類仕事がどうとかってリボーン君に怒鳴ってなかったっけ。ていうか綱吉はいつも怒鳴ってるな。 閉店間際だったから、私たちの他にお客さんはいない。 初めは外のオープンテラスでと言っていたけれど、あまりに人の視線を集めたせいで屋内になったのだ。 まあ、昔から影でモテてたから(本人は絶対知らない)、今はそれに磨きが掛かった状態なのだろう。 そういう目線で見れば、確かにその雰囲気には艶やかさが増した気がする。 「それはこっちの台詞よ、突然書き置き一つ残していなくなったのそっちでしょう。イタリアへは出張で?」 「……ああ、いや」 就職したのかどうかはしらないけれど、取りあえず仕事でここにいることは間違いないのだろう。 特に何も考えずに聞くと、綱吉は言葉を濁して微笑んだ。………ん? (―――あ、) 思い当たった瞬間に、私は反射的に立ち上がり、向かいに座っていた綱吉の両頬にばちんと掌を叩き付けた。 「いたっ!」 脊髄反射的な行動には反応できなかったのか、目の前の幼馴染はぽかんと目を見開いたあと、昔みたいに叫びを上げた。 「何するんだよ突然!」 「うるさい! 私にまで作り笑いしないでよ、気色悪いわね!」 叫び返すと、綱吉ははっとしたように一瞬黙った。それから今度は本当に、困ったな、と苦笑する。 「……君には敵わないね」 「当たり前でしょ、綱吉のことだもの。何年一緒にいたと思ってるの」 私の返答が昔の口癖と変わらないことに気がついたのか、綱吉はそのまま、その笑みを晴れやかなものに変えた。 そういえば私は、この笑い方が好きだった。すべてを包み込んでくれるような優しさが滲んでいたからだ。 お互いに大人になった今となっては、軽く言い出せることでもなくなってしまったけれど。 「で? 結局どうしてここに?」 「うん、仕事でね。日本を出てからはずっとこっちだよ。言って無くてごめんね、いろいろ事情があって」 「それはいいけど……え、じゃあもうイタリア語ペラペラ? Come sta?」 「Bene. ……仕事だからね」 リボーンに叩き込まれたよ、と懐かしい、情けない笑みを綱吉が浮かべたところで店のドアベルがなった。 そっちに顔を向けて座っていた綱吉はふと顔を上げると、ちらりと腕時計を一瞥して嘆息する。 「ごめん。時間切れみたいだ」 仕事に戻らなくちゃ、と残念そうに言われては、私だってこれ以上引き止めることは出来ない。 「お迎えって、綱吉、そんなお偉いさんだったの?」 「あ、いや」 「―――何してるの、綱吉。仕事残ってるって自覚あるの君」 その時、私の質問を遮るように(綱吉の返答を遮るように?)他の男性の低い声が響いた。 ……あれ? 「すみません恭弥さん。わざわざ来ていただいて」 「別にいいよ、これも仕事のうちだし」 はあ、と曖昧に笑った綱吉はきっと私に辞を述べようとしてこちらを向いた、けど。 私にはそれを気にする余裕がまったくと言っていいほどなくなっていた。 「?」 「………」 ゆっくり振り返ると、綱吉の真っ白のスーツとは正反対の、漆黒のそれにつつまれた長身の男性が立っていた。 日本を離れて長い。けれど忘れることなどできないその怜悧な双眸、通った鼻梁、すらりと伸びた四肢は。 「やっぱり雲雀先輩!? 何でこんなところに!」 思わず叫んだ私に反応したのは、本人よりも綱吉のほうが先だった。雲雀先輩はつと片方の眉を僅かに動かす。 「え!? 、知り合いだったの!? いや、そりゃ中学一緒だったけどさ!」 「……? 何でこんなところにいるの、君」 「えええええ恭弥さんも知ってるの!? ちょ、俺今日は驚きすぎだろ! なんだこれ!」 なんだこれ、言いたいのはむしろこっちだ。 中高と雲雀先輩は風紀委員長をしていたし(そういえば途中で見なくなった)、知らないわけがない。 それに私は。 「はずっと風紀委員だったからね。知っていて当然だろう?」 そう、当然だ。私はいわゆる「咬み殺し」には参加していないけれど。 ただ、普通よりほんのちょっとパソコンが得意で、事務仕事が出来たからスカウトされただけである。 「……ハッキングがあっさりできる中学生はちょっと得意だなんて言わないよ」 「先輩、それは内緒の約束です」 綱吉に聞こえないようには配慮してくれたらしいが、溜息と一緒に呟かれた言葉は本当のことだ。 私の持つ、数少ないスキルの一つだけど――全然自慢出来ないし、大っぴらに言えることじゃない。 「ふ、風紀!? が? 恭弥さん、俺聞いてませんけど!」 「言ってないからね。安心しなよ、彼女には事務仕事しかしてもらってない」 「ていうか、何でわざわざ綱吉に言わないといけないの?」 風紀っていうことがバレたら何かと危ないから、わざわざ腕章もつけていなかったのだ。 私は特別な体術を学んでいたわけではなかったし、余計だ。 とその時、ゆらり、と綱吉の空気が変わった。 「……確かにそうだけど、何かあったらどうするつもりだったの、」 今までゆるゆるとしていた笑顔が氷点下に下がったような気がするのは、きっと気のせいじゃない。 この状態になった綱吉に自分が逆らえないのは自覚していたから、思わず固まった。 「え、あの、」 「ねえ、どうするつもりだったの? 風紀が危ないの知ってたよね?」 「ちょっと綱吉、それは僕に失礼なんじゃないの」 綱吉は雲雀先輩の言葉もあっさりスルーして、笑顔のままで(目は笑ってないけど)私の両肩をがっちり掴んだ。 そのまま顔を覗き込まれて、やばいって直感する。だからそれやめてって! 顔赤くなるから! 「あれ、、君……」 「きゃあああああ先輩その鋭い勘は今は潜めてくださいいいいい!」 気づかれた! ぜったい気づかれた!! にやり、とすべてを察したような笑いを浮かべた雲雀先輩を尻目に(ひい!)、綱吉は依然として正面に居座っている。 「もしも怪我とかしてたら、どうするつもりだったの」 「だ、だって」 「だってじゃない。終わったことは仕方ないけど、何かあったら遅いんだからね」 ああ、そういえばこいつは昔から、弱いくせに過保護だった。 「う、ご、ごめんなさい……っていうか綱吉は私に甘すぎ!」 「別にいいよ、自覚してるし。頼りなかったのはわかってたけど、俺だって君一人守れないくらい弱かったわけじゃない」 「え?」 言い切ってから綱吉は眼差しを緩めて、ふと微笑んだ。それから、ぐっと私の身体に体重が掛かる。 (……は?) ゆっくりと抱え込まれるようにして抱きしめられて、息苦しさと、暖かさが同時に訪れる。 て、ちょっと、今私、何されてるの。誰に? ふわりと香水が薫る。やさしい香り。誰の? 何で綱吉が、何で私を。ああ、肩越しに雲雀先輩のワオ、って顔がよく見える。恥ずかしすぎて倒れそうだ。 「ああもう! 折角逢えたと思ったのに、余計心配すぎて離れがたいじゃないか!」 中学とか高校の時もお前やたらモテてるしさー! しかもなんかさらにレベル上がってるし! 綱吉が何か叫んでいるけれど、それも耳を素通りする。思考は正に真っ白だ。 「……そろそろ君は仕事。彼女は解放してあげなよ、早くしないとリボーンに撃ち殺されるんじゃない?」 いつまでも離れない綱吉に痺れを切らしたのか、雲雀先輩が助け船を出してくれた。 「ていうか一応公の場でそういう行動に走るのもどうかと思うよ、綱吉」 「っ! ちょっと綱吉! 離れて、早く仕事戻りなよ!」 撃ち殺されるってそれ、リボーン君のことでしょう? 冗談じゃなくあの子はやりかねないと思う。 そういうと綱吉はまあね、と喉で笑って(うわ、何か色っぽい)、ゆっくり私から離れた。 温かかった熱が離れて、すうっと涼しくなった。 「……仕方ない。じゃあ、。また来るよ」 「うん。またケーキでも買いに来てね」 「もちろん。君のお菓子は昔から美味しかったしね」 必ず。最後にもう一度微笑んで、綱吉はすっと無駄の無い動作でこちらに背を向けた。 後ろに続く雲雀先輩に目礼すると(にやりと笑われて!)、私も席に掛けていた上着を手に取った。 変な感じ。 どんな理由かは知らないけれど、群れるのを嫌ってあれだけ人を遠ざけていた雲雀先輩が今、他人の後ろを歩いている。 しかもそれがあのダメツナって言われていた、幼馴染だ。 前よりもずっと広くなって、大きくなった背中は、なんだかまぶしく見えた。 そうして変わっていく中も変わらないでいてくれた優しい部分が、何よりも嬉しかった。 鳴りやまないばくばくと煩い鼓動が伝える。 あの頃のまま変わらないのは、私も一緒なのだろう。 |