「……。ごめんね、突然こんなことになって、びっくりしてるよね」 しばらくして、綱吉がそっと口を開いた。 知らない間に涙の数は増えていて、瞼が重くて、頭痛が止まらない。混乱は去っていたけれど、それでもわからないことだらけ。 雲雀先輩は特に何も言わず、綱吉の行動を見守るつもりのようだった。 「つなよし、」 「うん、……聞きたいこと、たくさんあるだろ? 俺も説明したいのは山々なんだけど」 だけどね、とそれだけ言って綱吉は苦笑した。それ以上は自分の口からは言えないってことだろう。 仕方ないのは分かっているのだ。わたしは所詮、一般人。ただの従業員。 わたしの勤めていた店のオーナーはこの街のマフィアのボス、店長の旦那さんがその中堅幹部で、麻薬密売をした。 ……それとも、わたしにも同じ嫌疑が掛かっているの? 探るような目になってしまったのだろうか。目が合った綱吉は、ゆっくり首を横に振った。 「君は大丈夫。本当はね、結構前からあの店は監査対象になってたんだ」 従業員が君だなんて思わなかったから、この間会ったときは本当に驚いたんだ、と続ける。 ああ、だからリボーン君があんなにもの珍しそうな様子で店にいたんだ。きっとこんな機会でもない限り、足を運ぶこともないんだろう。 あれは普通を装った偵察だったのかもしれない。店長がいない時を見計らって――さぞ驚いたことだろう、わたしがいて。 でもどうしてリボーン君や綱吉がそんなことに関係しているんだろう。監査対象って、どうしてそんなこと知ってるの。 「麻薬取引、って。じゃあ店はどうなるの? わたしは、どうすればいいの、」 「うん……それでね、。本題に入りたいんだ。今日はその為に恭弥さんに来て貰ったんだけどね」 「え?」 「なのに頼んでもないことを色々喋っちゃうから。……嫌な予感がしたから来てみたらこれだもんな」 「うるさいよ」 ぷい、と顔を背けて嘆息した雲雀先輩は、今度はこちらにきちんと向き直った。 「ねえ君、うちで働く気ない?」 「は?」 単刀直入に物事を進めるのは長所であり短所だと思うんですけど。先輩の場合はそれが後者に大きく傾いている。 うちって、綱吉達の会社? ……っていうか、あの、話の流れ的にやばめな会社なんじゃないですか。 「恭弥さん、だからちゃんと説明しないと」 「面倒くさい。君がやりなよ」 「……はいはい」 仕方ないなあと苦笑して、突っ立ったままだった綱吉はその場に座った。ソファーなんて小さいのしかないんだから仕方ない。 「」 「……何」 「俺達の会社、なんなのかには予想ついてるんじゃないの?」 綱吉の笑顔は変わらない。目だけが、優しい真剣味を帯びていた。奥の方で、あたたかい澄色がちらつく。 聞かれて、わたしはすぐに答えられなかった。昔から、あまり鈍感な方ではなかった。どちらかといえば鋭い方だ。 「……店長の、旦那さんがマフィア。店長も、少しは関わってる」 「うん」 「その人が禁止されてる麻薬密売をしたから、それが嫌いなボスが命令して、制裁する」 綱吉は何も言わずに頷くだけだ。わたしは続けて良いのか迷って、ちらりと視線を綱吉に向ける。 目で先を促されて、ぐっとてのひらを握りこむ。口の中がカラカラした。 この先を言ってもいいのか。後悔、しない? 後戻りできない道を進んでいる気がした。正面からの綱吉の視線は、それでも優しいままだった。 「制裁の場にいたら危ないし、傷つくから、雲雀先輩はわたしを止めにきた」 「……まあ、おおむねそうだね」 これは、雲雀先輩がつぶやくように。 「そんなに内部情報に精通してる雲雀先輩は、……彼に制裁できる立場にいる、彼と同じ職場の、上司で、」 言葉を切って、深呼吸する。目の前に座る二人は、黙って続きを待っているようだった。 「同じように綱吉も。………マフィ、ア?」 「綱吉。だ、そうだけど」 「ええ。……さすがだね、。ほぼ正解だよ」 あっさりと自分の仮説を認められて、わたしは驚くよりも呆れてしまった。あれだけヒントがあれば誰だってわかる。 マフィアという響きは現実感なんてないけれど、正直、彼らがそうなのだと言われれば納得してしまった。 リボーン君が中学の時に綱吉の元に訪れてから、何かが変わり始めた。 それを綱吉と、彼の仲間達の近くで感じていたのは、わたし自身だから。そうだ、近くにいたから、あの空気に慣れていたから。 どこか殺伐としていて、けれどあたたかいあの空気だ。 確かに――それには納得したが、しかし。 「……だけど、それでどうしてわたしがそのマフィアで働かないといけないんですか」 「まあ、の護身もあるんだ。知らなかったとはいえ密売関係の店にいたからね、なにかあっても遅いし」 君に危険が及ぶのも嫌だし、と綱吉は心底申し訳なさそうな顔でごめんねと言った。綱吉が悪い訳じゃないのに。 それを待って、雲雀先輩も付け加えた。 「それに君、今無職でしょ? もう店、無いよ」 改めて言い切られると、心臓のあたりが疼く。けれど、薄情だけど、わたしの本心は綱吉達を肯定してしまうのだ。 「わかってます。だから、わたしはパティシエであって、マフィアじゃありませんって言ってるんです」 「アジトで作ればいいよ、人数だけは馬鹿みたいにいるから。それから僕が欲しいのはその腕と頭脳」 「……コンピュータ、ですか」 無言でにこりと笑われても、怖いだけですせんぱい。 「恭弥さん、そんなにの情報管理って良いんですか?」 「そうだね。彼女が来てくれれば、獄寺の倍以上のペースで倍以上の量の情報が集まるよ」 さらりと褒められると嬉しい。なにせ、あの雲雀恭弥(元)風紀委員長だ。 そういえば綱吉が何も知らないっていうことは、何もバラさないでいてくれたんだ、先輩。 「それ本当? 、隼人より早いって言ったらよっぽどだよ?」 「獄寺君がどれほどなのかは知らないけど……例えば深い情報なら、まあ、国家規模までなら5分弱あれば」 「………」 「ワオ。腕は健在かい?」 「おそらく。暫くやってませんけど」 綱吉が遠い目になって固まっている横で、雲雀先輩が楽しそうに笑う。 「どう? 綱吉」 「………はあ、まあ、情報部はあなたの管轄ですし。任せます」 諦めたような溜息と共に、綱吉はへなりと笑った。この笑い方をすると、整った顔が随分幼く戻る。 「。まだ混乱してるかもしれないし、俺達も得体が知れないかもしれないけど、」 「え、ううん。綱吉がいるなら、わたしは信じるよ」 「、え」 そんな吃驚した顔しなくても。 わたしの中での不文律だ。綱吉はいつだって、回り道とかしたって、最終的には正しい。 なら、それを知っているわたしは、それを信じているわたしは、ついていかないわけにはいかないじゃないか。 得体が知れない? 確かにそうだ。だけど目の前にいる綱吉は、雲雀先輩は、そんなことないでしょう? 「でも、はパティシエに」 「うん。お菓子を作って、大好きな人たちに食べて貰うのが、わたしの夢よ」 だから、一石二鳥なの。 そう断言して胸を張れば、綱吉はなぜか泣き笑いみたいな顔になった。なんでそんな顔するの。 「……巻き込んでしまうかも、しれないよ。俺達のことに」 「もう巻き込まれてるわよ」 嘆息して、顔を上げてしっかりと前を向く。 「綱吉、すごく疲れてる。これはあれよ、甘いもの、必要でしょう?」 微笑んで言い切って、そうでしょ、と念を押す。押し切られるほど弱くないのは知っているけれど。 「……そうだ、ね。結局お店、行けなかったからね」 「そうよ! 必ず、って約束したもの。疲れてる綱吉のために、お菓子作って作って作りまくってあげるわ!」 様の本領発揮ね! と豪語すると、雲雀先輩の疲れたような声が混ざった。 「……元気だね」 「あら、群れるなって怒らないんですか?」 「君をなんとかしようとしたら、僕は上司に怒られてしまうんだ」 「? そうなんですか」 「うん。困ったものだよね」 綱吉達の上司は、そんなに厳しい人なんだろうか。 頭を抱えてしまった綱吉と、ニヤニヤと笑う雲雀先輩を見比べて、小首を傾げる。 疲れた顔をさらに歪めて、綱吉はちらりと先輩を一瞥した。 「恭弥さん、憶えておいてくださいね」 「なんのことだい? さ、。引っ越しの準備始めるよ」 「は?」 引っ越し? 「どうしてですか? そんなに遠いんですか?」 「ううん。住み込み。良かったね、城住まいだよ」 「城!?」 「ああ、うん。まあ、マフィアのアジトだからね」 苦笑しつつも否定はしない綱吉にも目を疑う。あれ? あんなに貧乏性だった綱吉が城! 城とか言ってる! そんなに大きな組織なんだろうか。怖いと感じないのは、目の前の二人のせいなんだろうけど。 人を殺したり、殺されたりも、するんだろう。 「……綱吉も?」 そう思ったら、自覚しないうちにそれは言葉になってしまった。 「え?」 「人を、傷つけるの?」 「あ、それは」 迷うように目を泳がせて、綱吉はふとそれを定めた。今までで一番、凛としたその双眸。 「するよ」 「、うん」 「は俺が怖くなるかもしれない。だけど、俺はやらなきゃいけない。守らなきゃいけない。それは恭弥さんも同じだ」 大切なものを守るために、戦うんだ。 僅かに微笑みを称えた綱吉は、初めて見る表情で笑っていた。 6年、離れていた、それだけがそこにあった。 だけど綱吉は変わってない。綱吉は、あの頃の優しいままの綱吉だ。 「わかった。じゃあわたしは、綱吉を信じる。……よろしくお願いします」 「ありがとう。……ようこそ、俺達のファミリーへ」 そして、わたしはイタリアで彼らと再び歩き出す。 新しい風の吹く音がする、そんな朝に。 |