あれから一週間経った日曜日、アパートに黒塗りの高級車が乗り付けた。 家から出て立っていたわたしは、とりあえず何も言えずに頭を抱える。マフィアってどんだけ金持ちなの。 颯爽とそれから降りてきたのは幼馴染みで、こちらに気づいてにこりと微笑む。 いかにもそれに乗り慣れた様子の綱吉も綱吉だが、きっと当初は乗ることすら躊躇ったことだろう。(後日リボーン君に肯定された) 「おはよう。迎えに来たよ、。私服も可愛いね」 しかし、いつからそんな言葉がさらりと吐けるようになったんだ、本当に。 オブラートに包まれた何かが漫然とそこにあるようで、心底嫌だ。もやもやする。 「綱吉、とりあえずそれ止めて」 「え?」 「そのリップサービス。わたしには向かないみたい」 女の子全員に言っているのだろうか。そんな軽い男じゃないと思っていたけれど。 溜息を吐きながらそっと綱吉を伺えば、何を言っているのだといわんばかりの不思議そうな表情とかちあった。 「別にサービスじゃないよ? 思ったこと言ってるだけで」 「……そ、」 ならいいけど、と流して、まだ首を傾げている綱吉に歩み寄る。 「ほら、もういいって言ってるでしょ。荷物入れたいから、トランク開けてもらえる?」 「あ、うん」 運転席を覗き込む後ろ姿は、当たり前だけど、やっぱりわたしの知らないそれだった。 「は、心配?」 車に乗って暫くして、綱吉が隣で口を開いた。 視線はハンドルを握っているために前に向いたままだけど、注意はこちらに向いているようだった。 「なにが?」 「これからのこと。いきなりマフィアって言われたって、実感ないでしょ?」 「ん、まあ……」 それはそうだけど。確かに危ない響きだし、わたしは一般人だから何の知識もないし。 おいおい教えてくれるとは言われたものの、不安は残る。 「心配はしてないけど……不安かな。それにその……ボスって、一般人でも受け入れてくれるわけ?」 「それは大丈夫。保証するよ」 やけに自信ありげに断言する綱吉にふうん、と返して、そういえば綱吉はどれくらいの地位にいるんだろうと考える。 そのままそれを疑問として投げかければ、行けばわかるよと微笑まれる。うう、だから苦手なんだってばその笑顔。 綱吉の笑顔は凶器だと思う。色んな意味で。 素直に笑えば甘く優しく、反対ならば人を無言のうちに従わせる。 後者はあまり見たことがないけど、本当に怒った時、綱吉は笑う。それはきっと変わっていないのだろう。 「どうしたの? ぼーっとして」 「別に? 仕事、ちゃんと出来たらいいなあって」 「できるよ、なら」 だからその自信はどこから来るの。聞けば綱吉は苦笑して、のことなら分かるよとどこかで聞いたような返答をした。 「それに、例えば突然拳銃突きつける奴とか、ダイナマイト乱発する人だとか、トンファー振り回す人がいたりするのは慣れてるでしょ」 ああ、その言葉には納得せざるを得なかった。 「………なにこれ。城?」 「アジト。城住まいって言わなかったっけ?」 「や、単に言葉のあやだと思ってました……」 そびえ立つ、目の前の豪邸、のような城? 城のような豪邸? どっちでもいいけどとりあえずすごい。 どこをどう走ったのか分からないまま連れてこられた場所は、この国に4年暮らしたわたしでも知らないところだった。 門は自動で開き、丁寧な運転で敷地内に滑りこんだ綱吉は、ゆっくりと車を止めた。 キーを抜いて先に外に出て、わざわざ助手席のドアを開けてくれる。うわあ紳士! 綱吉が紳士! 「どうぞ」 「……ありがとう」 地面に降りたって改めて見上げると、さらに大きく見える城。 「うっわー……」 「、口開いてる」 クスクスと笑いながら隣でキーを部下らしい人に預ける綱吉の声も、今はちょっと遠い。意識的に。 圧倒されるほどの空気は、どこか独特。 なのに何故か包み込まれるように優しいのは、ファミリーの主の気性なのか。 「おい、いつまでかかってんだ。早く連れてこい」 目の前の光景に没頭するわたしを現実に引き戻したのは、そこに割込んだ第三者の声だった。 振り向くと、すらりと四肢の伸びた、漆黒の装いの少年がひとり。 「えと、リボーン君、よね? 前は分からなくてごめんね。久しぶり」 「Ciao、。見ないうちに綺麗になったな」 「あはは、上手だね」 ニヤリと笑う美少年(背はわたしより高いけど)に笑い返して、綱吉に向き直る。 「じゃあ、よろしくお願いします!」 「ハイ、承りましたお嬢様」 こちらへどうぞ、と微笑む綱吉は、やっぱりかっこよかった。 長い廊下を歩いて、「ここだ」とリボーン君が開けたドアの向こうは何かの制御室のようだった。 所狭しと並ぶAO機器に、思わず目を輝かせてしまう。 お菓子作りも好きだが、機械もわたしの親友だ。昔からやたら相性がいい。 たとえて言うなら、説明書を読まなくても簡単に操作できてしまう電化製品みたいな感じ。 「どうだ、」 「素敵……! 最新設備ね!」 「分かってるじゃねぇか」 心なしか嬉しそうに笑うリボーン君の横で、綱吉が苦笑している。 そういえば綱吉にはそういう話はあまりしてなかった。 「が機械に強いのは知ってたけど、そこまでだったんだね」 「風紀にいたんだ、それくらい出来ないと僕は認めないよ」 唐突に響く低音。自動的にすっと背筋が伸びるのは、もはや刷り込みに近い。 「あ、恭弥さん。任務お疲れさまでした」 「うん。報告書はあとでね。取りあえず零の実力試ししようか」 リボーン君の後ろから入ってきた雲雀先輩は、つかつかと一台のパソコンに歩み寄った。 何度か操作して、新しくウインドウが表示されるとそこを離れる。 「じゃあ。このブロック、崩してみて」 「あ、はい」 慌てて椅子を引いて座って、キーボードに指を滑らせる。画面にはびっしりと記号の羅列。じっとそれを見つめる。 一緒にそれを覗き込んでいた綱吉は、ふと顔色を変えて先輩に詰め寄った。 「ままままま待ってください恭弥さん! これここのS級機密じゃ……!」 「どうせこの子が管理するんだから」 「いや、でもこのブロックのセキュリティは構築に一年くらい掛かってるって隼人が、」 「崩れたよ綱吉」 「は!?」 背後で騒ぐのはいいけど、集中できなくなったらどうしてくれるんだ。 パスワード入力画面まで到達して綱吉を呼ぶと、嘘! と素っ頓狂な声が部屋に響いた。 「上出来。そこから先はどうだい?」 「入れます。ファイルを壊すならウイルス持ってきてますけど」 「ああ、それは今回はいいよ」 「ウイルス!?」 手元にICチップを示したところで、また綱吉からツッコミが入る。ちょっとは静かにできないのか。 「そう。独自開発してたんだよね、昔」 「……何者なの」 深く嘆息する幼馴染みに無言で笑って(答えようがないからね!)、パスワードを解きにかかる。これはすぐだ。 30秒と経たずに表示された数字で入室、ファイル名は「VongolaX」。……あさりX? 「ああそれ、読んでおいてね」 と、雲雀先輩。 「え? これって重要機密なんじゃないんですか?」 「まあ一部にはそうだろうけど。君に取っては取るに足らないよ多分」 どういう意味だろう。首を傾げながらファイルを開けば、広がるのは日本語。なぜここで日本語。 「……ああ、ボンゴレってここのファミリーの名前なんですね」 「そうだよ」 「へえ……十代目ボス、沢田綱吉10月14日生まれ…………………ん?」 え? 「……ボス?」 「何、君説明してないの?」 「はあ、まあ後でもいいかな、と」 よろしくないですよね! これどういうこと!? 目を走らせてみれば、広がるのは見慣れたパーソナル情報だ。全部、綱吉の。 「えっと、って、いうことは」 「うん。俺がボンゴレファミリーの十代目ボス。零の雇用主」 「う、えええええええええぇぇぇぇ!?」 「だから保証するって言っただろう?」 何で? 何で綱吉がマフィアのボス!? 「、パスワード解いたなら掛け直しておけ。ボスの情報は最重要機密だ」 「え、あ、うん」 混乱の極みにいても情報の守秘は身体に染みついていたから、手は止めなかった自分を褒めたい。 ぐるぐると思考が錯綜する。悪戯が成功した子供のように笑う隣の幼馴染みは、マフィアのボスだったらしい。 さすがにそこまでは考えが回らなかった。いや普通回らない。回ってたまるか。 「パスワード……は、何か意味があったんならそれに近いのにするけど?」 「さあ、俺はあんまり詳しいことは知らないんだ。それの管理は確か……………」 そう言いながら画面を覗き込んだ綱吉は、表示されていたパスワードの、6桁の数字を見て固まった。 「……恭弥さん」 「なんだい」 「隼人に一ヶ月ほど、来週からニューヨーク出張いれてください今すぐに」 「それは構わないけど、どうしたの藪から棒に。ニューヨークは今抗争中だよ」 聞かれて、綱吉はふと額に指を当てて目を閉じた。何かを堪えるように。 「……この数字、俺のスリーサイズです」 その場の温度が、二度ほど下がって固まった。 |