綱吉の破壊的な笑顔から少し。いや本当に、あれはやばかった。倒れるかと思った。 何て言うんだろう。昔からの無邪気さに色気と甘さをめいいっぱい加えたような。 バニラエッセンスを一本飲み干しても足りないくらいな。(味じゃなくて香りね) 6年って恐ろしい。ああも人を変えてしまえるものなんだろうか。 「危なかったな、」 「!」 突然心中の葛藤に同意され、俯けていた顔をがばっと上げる。 来客の為に出ていってしまった綱吉のいない執務室は、わたしとリボーン君の二人だけだった。 「さっきのツナの顔は、まあ、見ていて正直痛かったが」 「痛いってそんなひどい……じゃなくて心読まないでよリボーン君!」 「だだもれだったぞ」 うう、と言葉に詰まってしまうと、おかしそうに口端を上げられる。 まだ10歳くらいのはずなのに、どうしてこんな風な笑い方が出来るのか心底不思議だ。 「まあ、おいおい閉じ方は教えてやるよ。お前も情報管理部に入るなら必要なことだ」 「あ、うん」 それはそうと、とリボーン君は執務室の時計をちらりと見て、残った書類をぱらぱらと捲った。 「このくらいならまあいいだろ。、食堂の場所は憶えてるか」 「え? うーん、多分。さっき案内してもらったよね?」 「ああ。小腹が空く時間だしな、コーヒーでも飲みに行くか」 寛大に出された休息宣言に乗らない手はない。歓迎。 そろそろ画面の見過ぎで目が疲れてきていたから、ジャストタイミングだった。 書類を纏めてパソコンをスリープさせて、立ち上がる。………。 「……リボーン君、背高いわよね」 「お前が小せえんだ」 少なくとも10は下の相手に鼻で笑われて、情けなさに嘆息した。 食堂のメニューは結構充実していた。 日本にあるファミレス並だ。ここは本当に一マフィアのアジトなのか。もしかしてボスの意向か。ありえる。 そもそもお品書きからして、ファミレス風だ。写真と値段が綺麗にデザインされているあれ。 だけど所々に「近日開始」というシールが貼られていた。それでデザートの一角が削られている。 「メニューってこんな風に増えたりするものなの?」 食堂に来て会ったランボ君に訊けば、そうでもないですよと丁寧な返事。 この姿はわたしでも学生時代に何度となく見ていたから、逆に違和感がある。10年後の姿だったんだね。 あの頃は気づかなかったけど、綱吉はマフィア関連のことをわたしには特にひた隠しにしていたらしい。 そう鈍い方でもないわたしが気づかなかったんだから、余程のことだ。 「このデザートメニューも最近ですよ。いつから始まるのかは知らないんですが」 楽しみにしているんです、にこりと笑った笑顔は懐かしい。よく「若きさん、今日もお美しい」とか言ってた。 「へえ。わたしも楽しみかも」 「何言ってんだ、」 コーヒーを取りに行っていたリボーン君が戻ってきて、わたしの前にカップを置いた。 それから向かいに座って、ニヤリと笑う。 「お前がそれを作るんだ、パティシエだろ?」 「はっ!?」 「ここは殆ど幹部しか使わないがな。客が寄ることもあるぞ」 「ええええ? ちょ、ええええ?」 今日ここに来たばかりの人間に、何を言っているんだ。 確かにひば……恭弥先輩には、アジトでお菓子を作ればいいって言われてたけど。 まさか本気だとは思わなかった。 「嫌だとしてもボス命令が出てるからな」 「綱吉が?」 「あいつがが来るからメニュー増やすって言い出したんだからな」 つなよし、が。 わたしのためだなんて、自惚れたくないけど。期待、しても、いいのかな。 「ああ、さんだったんですね」 「え?」 「食堂のスタッフの女性が、パティシエの方が来る予定なんだって仰っていましたよ」 「スタッフ?」 言われて、首を傾げた、次の瞬間。 「ちゃん! ちゃんね!?」 名前を呼ばれて、振り返る。聞き覚えの有る声。 「あ……」 あの店で、cieloで、一緒に働いていた人だ。ラウラさん。そう呼ばせて貰っていた。 「良かったわ、無事だったのね。ボスが助けたとは聞いていたんだけど、心配していたのよ」 「あの……どうしてここに?」 混乱の中にありつつもやっとのことで問いかけると、ラウラさんは困ったように微笑んだ。 「ごめんなさいね。諜報員とは違うんだけど、一応あのお店を見ていたの。内側からね」 だからリボーン君は店長のいない時間帯を知っていたのか。 そういう情報を流す仕事をしていたのだという。 「まさかちゃんがボス達の昔なじみだなんて知らなかったわ」 ボスからちゃんが来るって聞いたのも昨日なのよ。 そう付け足して、ラウラさんはいつもと同じように快活に微笑んだ。少なくともこの人の素なのだろう。 「これからたまにキッチンに入るんでしょう? ボス直々にお願いされちゃった。大歓迎よ」 「っ」 「わかったか? よかったじゃねえか」 ぽんぽん、とリボーン君に頭を叩かれる。行動は悔しいけど、嬉しい。 ――綱吉が好き。 じんわりと染みるように、それは広がり続けている。いつか溢れてしまったら、どうしよう。 もういつからだとか、どうしてだとか、考えるまでもないくらいに、ずっと好きだったけど。 それを伝えることは、はなから考えに無い。だって綱吉はわたしの幼馴染みだけど、ボスなんだから。 「……ツナは、そこまで甲斐性が無いわけじゃねえんだぞ」 「え? ごめん、リボーン君、良く聞こえなかった」 「何でもねえ。それより早めに心の閉じ方、練習するぞ」 言われて、どきりとする。きっとリボーン君には筒抜けだ。多分恭弥先輩にも。 本人にはバレてない気がするけど、このままだと時間の問題なのだろうか。 でも少なくとも学生時代は気づかれなかった。綱吉は笹川さんのことが好きだったらしいし。 クラスが一緒になったことがないから、面識はあまりない。 たまに沢田家で姿を見かけたくらいだ。あの子もまんざらでもなさそうだった。 ……やめよう。なんか虚しくなってきた。 「さん」 「ん?」 静かに名前を呼ばれて顔を上げれば、さっきまで黙っていたランボ君がこちらを見つめていた。 気遣うような視線に、ああ、多分わたし暗い顔してたんだろうなと思う。 「俺は10年前に何度も行って、勿論何度も貴女やボンゴレとお逢いしましたよね」 「そうね」 「あの時からずっと思っていたんですが、憧れと恋は別物だと思うんです」 「……どういう意味?」 何が言いたいのか分からなくて、ランボ君の顔を凝視してしまう。だめだ、読めない。 するとランボ君は含むような笑いを浮かべて、ちらりとわたしの背後を一瞥した。 「少なくとも俺は、さんは幸せになるべきだと思っているんです、……ね、ボンゴレ」 「!?」 「そうだね」 全く気配を感じさせずにわたしのすぐ後まで来ていた綱吉は、ふわりと優しく微笑む。 それから隣の椅子を引いて腰掛けると、「俺もランボに賛成だな」と頷く。 「綱吉、お客様は?」 「さっき帰ったよ。やっぱりむさ苦しい壮年の方に囲まれてるよりもここの方が居心地がいいね」 丁寧なようで慇懃無礼な気がする。 思わず口元が緩んでしまって、リボーン君のふたつ隣に座っていたランボ君が嬉しそうに笑った。 「ああ、やっと笑ってくださいましたね。さすがボンゴレだ」 「何、どうしたの」 「ずっと思案気味で元気が無かったんですよ」 「そうなのか? 、何かあったら言うんだよ」 本人を差し置いて、ランボ君と綱吉の間ではわたしが悩んでいたことになったらしい。 あながち間違いではないけれど、心配げに顔を覗き込んでくる綱吉に若干の罪悪感を憶える。 「あら、ボスじゃありませんか! おかげでちゃんとまた働けますよ。ありがとうございました」 苦笑していると、ラウラさんがこちらに気づいてカウンターから顔を出した。 先程と同じように、元気に声を上げている。彼女から見れば、綱吉はまだ子供みたいなものなんだろうな。 そう思っているのは綱吉も同じらしく、けれどむしろ、それを喜んでいるみたいに見えた。 「いや、こちらからお願いしたことだからね。よろしく頼むよ」 「ええ、それはもう! 何たって、ボスの恋人ですものね!」 「………は?」 「………え?」 沈黙。沈黙。そして沈黙。 クッ、とリボーン君が喉で、堪えきれないといったように笑った。 ランボ君はランボ君で、俯いて拳を握っている。 わたしは一言発した後は何も言えなかった。だって、わたしが、何? ちらりと横を盗み見れば、耳まで真っ赤に染まった幼馴染みと目が合った。次の瞬間同時に逸らす。 多分わたしも同じくらい赤い。綱吉もそこで照れないでよ、いい年した男じゃない! 何も続けようとしないわたしと綱吉を見て、ラウラさんはあら、と悪びれずに笑った。 「違ったみたいですね、すみませんねえ」 すみませんねえじゃないよ!! この空気読んで! 沈黙が痛い! 「おいボス、気品と威厳とポーカーフェイスはどこにほったらかしてきやがった」 まだ口元を歪めたままで、リボーン君が拳銃をちらつかせる。あ、安全装置外した。 カチリという音に、惚けたままだった綱吉はハッと我に返って両頬を自分でばちんと叩いた。痛そうだ。 「、てめえもだ。だだもれだって言ってんだろ。ちょっとは学べ」 うわあ! そうだった。 「お、俺残りの書類片づけてくる! じゃああとで!」 「ボンゴレ、どうせ同じ執務室で仕事してるんじゃないんですか?」 ランボ君を都合良くスルーして、綱吉はすごい勢いで立ち上がって、凄い勢いで食堂を出ていった。 昔の幼馴染みを彷彿とさせて、何となく懐かしい反応だ。 「ったく、あいつは中身がちっとも成長しねえな」 「可愛らしくていいじゃないですか、ねえちゃん」 「わ、わたしに振らないでくださいっ! リボーン君コーヒーありがとう! お仕事戻ります!」 「さん、その顔の火照りだけでも冷ましながら帰ってくださいね」 「うんありがとうランボ君! でも余計なお世話!」 わたしはスルーせず、でもやり場のないやるせなさをランボ君に投げつけて立ち上がる。 どうせだから、冷やしついでに紅茶でも淹れていこう。交渉の後だったし、喉乾いてるかもしれないし。 カップが置いてあるスペースに向かうわたしを、リボーン君の「似た者同士め」という溜息混じりの言葉が追いかけた。 そうだよ。似た者同士だ。叶わない恋を、した。 「……違うぞ、そのどうしようもなく、とある方面にだけ鈍いところが似てんだよ」 呟きは、聞こえない。 |